水のような女性になりたい

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こんにちは、めくばせです。

 学生時代、大の古典嫌いだったのですが、今日から中国古典を読み始めました。

 

今日は『上善如水(上善は水の如し)』という老子のことばと、数年前からわたしが公言している「水のような女性になる」とはどういうことなのか考えてみます。

 

 

今必要なのは、自分の‘‘在り方’’を定めること

冒頭でも書いたとおり、学生時代から古典や歴史の授業が嫌いでした。

退屈な日々を遠くから眺めるだけの毎日に、先人の知恵や歴史の知識が必要になる日がくるとは到底思えなかったのです。数学嫌いの学生が「数学って人生に役立つのか?」と疑問に思うのと似ていますね。

 

そんなわたしに、古典を開く日がくるなんて。

 

きっかけは、情報過多・流れの速い現代で必要な情報を正確に受け取るためには、自分の基盤や在り方が定まっていなければならないのでは? と思ったからでした。

現にわたしが「自分を持っている」「軸が定まっている」と感じさせられる人は、たいてい古典を読んでいますし、実生活に役立てています。

 

今の自分に必要なのは、流行りのビジネス本などを読んでこの瞬間の解決策を見出すことよりも、受け継がれている先人の知恵から学び、自分の在り方を定めること。

 

先人のことばからあれこれ考える様子を楽しんでいただけたら嬉しいです。(笑)

 

水のような女性になりたい

毎回つっこまれるのですが、わたしの目標は「水のような女性になる」こと。

 

ゆるやかな曲線を描いてグラスに注がれる水は、次第に波が穏やかになっていき、ただそこに‘‘在る’’状態になります。グラスをゆらすと同時にゆらりとして、どこまでも透き通っている。なめらかで、強くて、まっすぐなんです。

 

そんな女性になりたいけれど、理由としては弱い気がする。まだうまく言語化できておらず、輪郭がふわっとしているような……。

 

そう感じていたわたしは『上善如水(上善は水の如し)』を知りました。なにか参考になるかもしれません。

 

もっとも理想的な生き方は水に学べ

上善如水(上善は水の如し)

 

これは、老子に記されている言葉。

「上善」は「もっとも理想的な生き方」を指し、そういう生き方をしたいのなら水に学べ、という意味です。

 

水に学ぶべき点は3つ。

  1. 柔軟さ
  2. 謙虚さ
  3. 秘めた巨大なエネルギー

これらを身につければ、人間のもっとも理想な生き方に近づけるのだそう。

 

どんな器に入ってもそのままの形に変わり、自分を主張せずに自然に低いほうへ流れる水。「水」を「川」と解した場合、遠くから眺めると静かだけれど、近くで見ると流れが渦巻いています。

 

この3点に水のような女性になりたい理由を振り分けてみると

  1. 柔軟さ→ゆるやかな曲線、グラスを動かすとゆらりとゆれる、なめらか
  2. 謙虚さ→
  3. 秘めた巨大なエネルギー→強い、まっすぐ
  4. その他→ただそこに‘‘在る’’状態、透き通っている

かな……?

 

自分を主張せずに自然に低いほうへ流れる=争うことなく自然の摂理に従う、という意味なのですが、今のわたしには簡単にしか解釈できません。

元から争いは苦手ですし地位も名誉も欲しくないので、これまで通りの運転で生きます。

 

まとめ

古典の授業を真面目に受けた記憶がないので驚きました。難しいイメージがあったのですが、案外‘‘当たり前’’のことばかり。それを実行に移して継続するのがとても難しいんですよね。

 

上述した「ただそこに‘‘在る’’状態」は変わらず目指しながら、表には出さなくとも情熱や思いを絶やさず、他者や物事に対しては水のように柔軟に、争うことなく謙虚に生きていこうと思います。

 

 

 

 

宇多田ヒカルとサッカーを好きになった。

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タイトルどおり、宇多田ヒカルとサッカーを好きになった。

 

気づけば宇多田ヒカルばかりを聴いているし、ワールドカップを観て泣く夜を何度も越えた。

 

 

最近のわたしは、昔と比べてだいぶ(自分で言うのもなんだが)やわらかくなったと思う。

昔は「1か100か、白か黒か」という世界で生きていた。合理主義で、無駄が大嫌い。超がつくほどのマイペースで、母親の曖昧な態度に立てついては何度もぶつかった。

 

 

友達が宇多田ヒカルを好きでも「へぇ、そうなんだ」としか答えず、高校時代の恋人がサッカー部でも「ふーん、サッカー部なんだ」で終わり。あとから宇多田ヒカルを聴いたことも、試合を観に行ったこともない。

 

 

相手には相手の好きなものがあって、私とは違う。その姿勢をどう言われようが全く気にしないし、「あなたはそれが好きで、そう生きるのね」と肯定しながらも個人主義を貫く部分や、他人の目を通して自分を認識するところは今も変わっていない。

 

けれど、昔は他人に対して単純に興味がなかったのだろう。それが中学2年の頃に「人間はわかりあえない。私がなにを言っても、理解してはもらえない。理解してほしいなんて思うのは傲慢だし、相手をすべて理解することもできない」と思うようになった。

 

しかし今は、「すべてをわかりあえない。理解しきれないところはあるし、理解してもらえないこともある。でも出来るかぎり寄り添いたい、わかりやすい言葉で伝えたい。理解できなくても、認め合いたい」と強く心に決めている。

 

目の前の人はなにが好きで、なにが嫌いなのか、その理由を相手のことばで教えてほしい。どんなことを考えて生きてどんなことに感動するのか、誰かのことばや受け売りじゃない、相手の声やことばを通して、もっと知りたい。

今まで「別に私には必要ない」と避けてきたものを、いろんな角度から見たい。ふれて、味わっているうちに、もしかするとこれまで知らなかった感情が湧きだすかもしてない。それが楽しみで仕方ない。わたしも知らない自分を見つけられるかもしれない。相手の知らなかった一面を目撃できるかもしれない。

 

 

こんなふうにやわらかく考えられるようになったわたしは、今年、宇多田ヒカルを聴くようになり、サッカーで涙するようになった。

 

あの頃、友達はなにを思ってこの歌を聴いていたのだろう。あの頃の彼の瞳に、ボールはどんなふうに映っていたのだろう。

 

過去に戻ることはできないから、あの頃の自分にこの楽しさは伝えられないし、当時の彼らと感情の共有をすることもできない。

 

でも、いつか未来で彼らに会ったとき、わたしの想像を超えるような面白い話ができるかもしれない。まだ出会っていない誰かと同じ曲を聴いて泣くかもしれない。サッカーを観て飛び上がるかもしれない。

それが楽しみで楽しみで、仕方ない。

 

自転車に乗せて、花束を届けたい

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自転車のカゴにあふれんばかりの花束を乗せ、大切なひとたちに届けたい。

これは、生きているうちに叶えたい夢のひとつだ。

 

 

雲ひとつない澄んだ青空に、白いノースリーブワンピースが丁度いいくらいの気温。肩甲骨よりすこし長い髪をゆるりと巻いてハーフアップにしたら、グリーンのサンダルを履き、レモンイエローの自転車に跨る。

 

日曜日の13時。帽子を被った小さな子どもが母親らしき女性に手を引かれ、日陰を歩いている。空いた右手には赤や黄色で塗られた車のおもちゃを持っていて、いつの日か繋ぐかもしれない小さな手を想像し、ふわりと笑みがこぼれる。

 

勢いをつけ、足を前へ投げ出し、カラフルな住宅街を通る2車線の坂道をくだっていく。グングンとスピードは上がり、道のずっと向こうには、太陽の光をキラキラと反射する海が見えるだろう。青と緑の真んなかの色。あんな色のスカートを持っていたら、きっと毎日履いてしまうに違いない。

 

坂のいちばん下を右折して30メートルほどすると、30代後半くらいの夫婦が経営する花屋があって、キキーッとブレーキの音を鳴らしながら店の横に自転車を止める。

 

そして店に足を踏み入れた瞬間、世界は一変する。視界全体を緑が覆い、ピンクや青、黄色や紫の花が絨毯のように敷きつめられていて、花のにおいがわたしの肌に膜をはる。まるでわたしそのものが花になってしまったかのよう。

 

店の奥には旦那さんと奥さんがいて、「もう出来上がっているわよ」と腕いっぱいの花束を持たせてくれる。花に詳しくないわたしはいつも「おまかせで」とお願いするのだけれど、渡したい相手や理由を正確に汲み取ってくれて、イメージ通りのものを作ってくれるからすごい。

 

首から下げた小さなお財布からお金を取りだし奥さんに渡すと、花束を抱えて元の世界へ戻り、自転車のカゴにしっかりと乗せる。

近くを通ったおばあさんに「綺麗な花束ね」と声をかけられるだろうから、「うふふ、そうでしょう。これから届けに行くのよ」と笑い返そう。

 

サドルに跨り、グン、と右足から漕ぎ始め、果物市場や八百屋のあいだをゆったりと通りすぎると、1人目の家に到着する。薄いピンク色のアパートを見上げると、窓辺に座っていた彼はこちらに気がつき、ひらひらと手を振って家の中に姿を消す。

 

 

こんなふうに自転車で坂をくだったりのぼったり、時おり寄り道をしたりして、大切なひとに花束を届けに行きたい。

 

カラフルな街並みのイメージは、たとえばメキシコのグアナファトとか、フランスのコルマールあたりだろうか。コルマールは‘‘ハウルの動く城’’のモデルになっているらしい。まさしくあんな感じ。

 

 

考えてみれば、今すぐにでも叶えられる夢だ。

フリーランスだからどこに行っても仕事はできるし、今すぐ旅立つことも可能。人生はいつ終わるかわからない。もしかすると明日死んでしまうかもしれない。今叶えられる夢なら、今叶えるべきなのかもしれない。

 

けれど、この夢を見続けることで、わたしの日常と未来は色鮮やかさを増す。

自転車に乗って、大切なひとたちに花束を届ける未来が待っているという確信がある。未来のわたしは間違いなくその夢を叶える。

 

だからその夢は未来のわたしに預けた。未来のわたしが叶えると、決めた。

いつかの日をイメージするだけで幸せだし、今は今やるべきことに注力したいと思う。

 

 

そういう夢のかたちもあるのかな、とぼんやり考えながら、‘‘ハウルの動く城’’のDVDを手に取った。

 

平成最後の7月1日

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朝の7時。祖母の声で目が覚めて、布団の上で大きく伸びをする。こんなにさっぱりとした朝は久しぶりだ。いつもは「まだ寝ていたい」と毛布を抱きしめて浅い眠りに落ちるのだけれど、両目ともにぱっちりと開いている。

 
6月25日(月)に実家へ戻り、昨日からは祖母の家に来ている。実家のあたりと比べればかなり涼しいほうだが、あまりにも早い梅雨明けのせいで昼間は窓を開けていても暑い。

 
昨晩残ったカレーを食べていると25歳の従姉妹と叔母が顔を出し、祖母と叔母は農作物を取りに出かけた。

 
年始ぶりに会った従姉妹と皿を洗っていると「従姉妹みんな東京に行っちゃうんだもの」とすこし寂しげにつぶやく。彼女は福祉系の仕事をしていて、両腕には爪で引っ掻かれた跡や噛まれた跡が残っていた。だれかの成長を信じて向き合い、見守り、できる限りの支援をするのは、並大抵のことではない。人を愛するのは、むずかしい。

 

 

昼下がり、こんなに自然豊かなところに来ているというのに家の中にいるのもな、と思い日焼け止めをひたと塗ると、iPhoneだけを持って外へ足をのばした。

 
彩度や明度のちがう緑、土と植物のにおい。絵の具で描いたようなモクモクとした雲がゆったりと、真っ青な空のうえを流れる。

 
わたしはもともと夏が好きではなくて(東京の地獄のような暑さから逃れるために地元へUターンしてきたほどだ)、できればクーラーの効いた涼しい部屋でじっとしていたい人間なのだけれど、祖母宅にいるときはちがう。

 
まぶしいほどの緑や青、色とりどりの花や葉を見て、学生時代にずっと吸っていた空気で身体じゅうを満たすと、肌を射るような日差しや、じわじわと背中や額から流れ出す汗なんてどうでもよくなってしまうのだ。むしろ、それすらもきもちがいいと感じるほど。

 
しばらくそんなふうにあっちへ行ったりこっちへ行ったり、森に足を踏み入れようとするも虫の多さにあきらめたり、祖母がジョキンジョキンと切るわらびを見つめたりした。

 

 

ここにいると、自分に対しての視力が良くなり、逆にすべての出来事が遠くに感じる。

 
「綺麗だな」「いいにおいだな」「おいしいな」と五感に集中できるから、自分に対しての視力が良くなる。青から徐々にピンク色へと変わる空を見つめていると、鳥のさえずりや水の流れる音だけが小さく耳に入ってくる。


東京にいるときは、そうはいかない。四六時中、自室にいても人の声や車の音が聞こえてくる。それは時としてわたしを救ってくれるし、常にわたしの周りをうろうろとする不安や焦燥感は、仕事に対する意識を上げてくれているのだと思う。

 
ここにいれば、安全だ。すべての出来事が遠く思える。なにか大きな問題に立ち向かおうなんて気持ちには到底なれないし、今わたしが抱える問題意識も、幻想のような気すらする。

 

 

大好きな仕事仲間たちからの愛のあるメッセージをいくつも受けとり、そのたびに深呼吸をした。わたしには、 やりたいこともやるべきこともたくさんある。仲間たちと叶えたい夢も掴みたい未来もある。でも、こうして立ち止まる時間が、今は必要だ。

 

 

 

守れるのは、世界でたったひとり、わたしだけだった。

 

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先日、こんなツイートをした。

 

 

只今、地獄にいる。昨夜から地獄という海をゆらゆらと漂い、絶賛胃痛中。

 

わたしは今まで、割と‘‘締め切りから逆算して記事を書く’’タイプだった。

けれど唐突に「これではだめだ、わたしは宇宙人から真人間にならねばならない」と思い立ち、週初めの月曜に1本納品し終えた。

そして今日(日が変わったので昨日の水曜日)までにもう1本納品するべくちまちまと書いていたわけだけれど、地獄の門が開き、海に落ちてしまったのだ……。

 

今日はもう書けそうにない。胃もキリキリするし。締め切りは日曜だから今日はゆっくり休んで、また明日書くことにしよう。

 

 

とはいっても寝るにはまだ早いので、わたしがこの業界に入るまでの話を書こうと思う。

 

高校を卒業後2016年3月に上京し、服飾の専門学校に入学した。

服のデザインからパターン(平面にした設計図)を引き、縫製をした。そのほかにも、立体裁断(トルソーに布を当てながら立体的に裁断をする方法)、CAD、テキスタイル……。朝から晩まで教室にこもり、矢のような速さで月日は過ぎた。

 

もちろん、たのしかった。

言葉はよくないかもしれないけれど、「服バカ」としか言えないほどほんとうに服が好きな、服作りに狂う仲間たち。5つ6つ年上の人や外国人のことばを通して見る世界は、とても広かった。

 

けれど、ユーモアがたっぷりと添えられた彼らの話を聞くときは、きまっていつも‘‘輪の外側’’にいた気がする。

仲間外れなどではない。彼らの話を聞いている自分を、すこし離れた場所で三角座りをして見つめているような気分、と書いたほうが伝わるだろうか。

 

好きなものに熱狂する彼らを目の前にして、「ああ、こうはなれないなあ」と、ただ思った。そこにはさびしさも嫉妬も、なにひとつなく。

 

 

そう感じるようになり数か月。2016年の秋。

16時の電車に乗ったわたしは、ドアの横の手すりに身体を預け、窓から外を見ていた。

 

こんな時間に帰れるなんて久しぶりだ。

立っている人もいないくらい空いているし、なんて穏やかなんだろう。

窓から電車内に差しこみ床に落ちる、やわらかいひかりを見た瞬間、息をのんだ。

 

‘‘こんなにしあわせな瞬間を、わたしは見逃していたのか’’

 

ということばが、宙から降ってきた。

 

胸が温かいなにかでたぷたぷに満たされ、次にぎゅうぎゅうと締めつけられ、目からは涙がぼろぼろとこぼれた。

 

床に落ちるまろやかなオレンジ色と、夕陽を反射しきらきらひかって窓の外を通り過ぎる屋根の、そのあまりのうつくしさに、ただ涙を流すことしかできなかった。

 

 

毎日6時から20時まで学校にいて、満員電車に乗り、課題に追われ、食事も摂れないほど(正直、死を覚悟するほどの)ストレスがたまる毎日に、疲弊しきっていたのかもしれない。

やわらかいこころが壊れていく音に耳をふさぎ、周りの大人の「3年はやれ」という怒鳴り声に反論する気力さえなかった。

 

 

こんなにうつくしい瞬間を見逃す毎日なんて、要らない。

学歴や服飾の未来を捨てても、あのうつくしくてしあわせな瞬間を、「うつくしい、しあわせだ」と感じた自分のこころを、なにがなんでも守りたかった。

それを守れるのは、この世界でたったひとり、わたしだけだった。

 

だから、学校を辞めた。

 

 

生活のためにと始めたライターのアルバイトが、1年と数か月経った今では仕事となり、あの瞬間を見逃すこともほとんどない。仕事仲間もでき、やりたいことがどんどん増え、毎日わくわくして楽しい。

 

 

Twitterでもつぶやいたとおり、みんながほっとできる場所を作りたい。

記事を書くだけでなくてWebデザインもしたいし、海外にも行きたいし、2拠点居住もしたい。エンターテインメントにも興味がある。

 

選択が正しいのかどうかなんてわからない。

自分の選択を正解に導けるように、これからもわくわくする方向へ、わたしが「しあわせだ!」と感じる方向へ歩いていきたい。

SHElovesデザインコースを受講して

 

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5月27日(日)、SHE株式会社が運営するSHElovesのWebデザインコースを卒業しました!

 

とにかく最高だったので、記録としてまとめます。

 

Webデザインコースに興味がある人や、受講しようか迷っている人はぜひ参考にしてみてください!

 

 

SHEについて

まずはじめに、SHEについて簡単に説明します。

 

SHE株式会社は

を運営しています。

 

今回わたしが受講したSHElovesにはWebデザインコースのほかに起業家・事業開発コースもあり、ビジネスの立ち上げやマネタイズの体制を2か月間で学べます。

 

わたし自身、2017年の夏の終わりに行われたさえりさんの講座に足を運び、SHEのビジョンに共感しました。現在はSHEsharesのライターとして参加させていただいています。

 

Webデザインコースのここが良い!

  1. 「とにかく手を動かせ!」と言わんばかりのスパルタ加減
  2. 実際に活躍されている先生の教え方が超わかりやすい
  3. 初心者が2ヶ月でWebサイトを作れるようになる

つべこべ言わずとにかくやる。出来なくてもへこたれず立ち向かう。トライ&エラー! もうダメだ……と思っても、やさしくお尻を叩いてくれる先生と仲間がいるから頑張れます。

資料はもちろん、説明にもわかりやすいことばを使ってくださるので、内容がスッと頭に入ってきます。独学していたら、実際に現場で使われているスキルを身につけられなかったかも。

 

受講したきっかけと結果

デザインには昔から興味があったものの、何から始めたらいいのか分かりませんでした。ネットで調べたり、デザインに関する本を開いてみても、ほとんど理解出来ず……。

 

仕事をしながら独学でコーディングやデザインを習得するのは不安だし、効率よく勉強しようと思っても知識がほとんどありません。

なにが無駄でなにが必要なのか、その判断すらもできないだろうな、と感じていたのです。

 

そんな時にSHEのWebデザインコースの募集を見て「これだ!」と思い、すぐ申し込みました。

 

2か月前まで右も左も分からない初心者だったわたしが、今ではPhotoshopを難なく使えるようになり、HTML&CSSを書けるようになり、ひとりでWebサイトを作れるようになったのです。

よく考えたらすごすぎる……。

 

次からは講座の内容と、わたしの感想を書きます。

かなり長いので「手っ取り早く最後が知りたい!」という人は、目次からDay7へ飛んでください♡

 

Day1・基礎講義とLPトレース

 (わたしは、SHEがゆるっとふわっとした場所でないことは知っている……。SHElovesのWebページは隅から隅まで読んできたし、あの白くてやわらかな空間で行われるのは、ぎっちりみっちりスパルタ講座だと聞いた――戦いの火蓋は切られたのだ)

 

なんてことを考えたり考えなかったりしながら、表参道駅のB1出口から歩き約7分。

 

講師・恵里さんの笑顔と共にゆるっとはじまった、Webデザインコース

  1. 自己紹介
  2. 制作の流れ・デザイン講義
  3. LP(ランディングページ)をトレース
  4. LPの組み立て

 

1日目から盛りだくさん! デザインについての講義も、Photoshopを触るのもすごく面白かったです。小技やよく使うテクニックを教わり、電車内の広告を見るのが楽しくなりました。

 

ということで、怒涛の2か月間のはじまりはじまり。

ワクワクしながら課題のバナー制作をしていたわたしは、Webサイト制作の大変さをまだ知りませんでした……。

 

Day2・LPコーディング

  1. 課題のバナーを復習
  2. 事前課題としてProgateで勉強したHTML&CSSの復習
  3. LPのコーディング

 

「とにかく手を動かせ! でないと遅れを取るぞ!」といった雰囲気がすこしずつ漂い始め、焦るわたし、機嫌が悪くなるパソコン、ぐんぐん進む講義、逆に燃えてくる心!!!

 

2日目にして、Sublime Text(HTMLやCSSを書くテキストエディタ)でコード打つのが超たのしくなってきます。このころは「background-color」を打つ瞬間が好きでした。

 

コーディングしたとはいえ、これはまだ序章の序章である(遠い目)

 

Day3・jQuery、卒業制作プランニング

  1. 素材の書き出し
  2. jQuery(画像をシュッシュッと入れ替えたり、マウスオーバーした要素をアニメーションのように動かしたりできるライブラリ)を実装
  3. 卒業制作のプランニング
  4. 卒業制作のグラフィックデザイン

 

真顔でパソコンに向かっているわたし(jQueryすご~~~!!! おっしゃれ~~~!!! すご~~~~~!!!! えっ、こんなに種類あるの?! 絶対に卒業制作で使いたい!!!!! ……まって? もう卒業制作? え……早くない……?)

 

Day4・Webマーケ基礎、卒業制作

  1. マーケティング基礎(SEO対策など)
  2. 卒業制作のグラフィックデザイン

 

Webのマーケティングについてもほぼ初心者のわたし。「SEO」ということばに難しそうなイメージがあったのですが、面白くわかりやすい説明のおかげで「もっと知りたい!」と思うように。

 

このころから、Pinterestで美しいグラフィックを集めることにどハマりします。LPやバナー、ボタンや見出しのデザインを見ているだけで幸せになれるという……。

世のWebサイトのLPを見ているとすごく学びがあって、デザインで人を幸せな気持ちにできるってほんとうにすごいな、と感動。(卒業制作に集中してくれ)

 

Day5・卒業制作

  1. グラフィックデザイン
  2. コーディング

 

グラフィックデザインに時間を取られすぎて、コーディングに入ったのは終盤。

わたしも含め、生徒の半分ほどが「え……?コードの書き方は勉強したけれど、どう始めたらいいの……?」状態でした。

 

書き始めて、画面に自分のデザインが表示されたときには、感動でため息が出ちゃいました。スタートから1ヶ月ちょっと経っているとはいえ、講座自体はまだ5回しか受けていないのに!

 

デザインをするうえでセンスやこだわりが1番重要だと思いがちだけれど、そうじゃないんだなと納得し始めたころ。

 

Day6・卒業制作

  1. コーディング
  2. コーディング
  3. コーディング

 

1にコーディング、2にコーディング、3も4も5も血眼になってコーディング。

「次は卒業制作発表」ということばが、常に頭のなかをグルグルしていました。

 

思うように表示されない……どこが間違っていた? と画面にくぎ付けになり、書いては消して書いては消しての繰り返し。

どうしてもわからない時は先生に訊き、そのやさしい教え方に癒されていました。

 

まったく終わる気配がなく、自宅で泣きながらコードを打つ毎日。出来ないことが悔しすぎて。(笑)

 

怠惰で飽きっぽいわたしが「でもここで折れたら自分に負けることになる、最後までやり遂げるんだ」と強く思うなんて、誰よりもわたしが1番驚いています。

 

Day7・卒業制作発表会

  1. 最後の追い込み
  2. 卒業制作発表会

 

1週間も時間があったのに終わらず徹夜し、自分の出来なさに絶望しながら表参道に向かうと、恵里さんが笑って話しかけてくださいました。その笑顔にどれほど救われたことか……!

 

最後の追い込みをして、無事に卒業制作発表終了。みなさんのWebサイトはどれもキレイで、ひとりひとりが安堵の表情を浮かべていました。2か月前はなにも知らない初心者だったなんて、ウソみたいです。

 

コーディングには苦しめられましたが、大変だったことも全部ひっくるめて、ほんとうに楽しかった! しんどさも丸ごと楽しいと感じられるなんて、なんだか不思議な気分です。

 

 

「これだ!」と思いピョンっと入ったデザインコースで、同じ時代を生きながらも今まで出会うことのなかった女性たちと同じ時間を過ごし、今まで避けていた自分のダメな部分と真正面から向き合った2か月間。

 

Webサイトを作れるスキルだけではなく、これからを生きるうえで‘‘たいせつなもの’’を手に入れることができたと思います。

 

人生は小さな選択が積み重なってできていて、これまでの選択が少しでも違っていたら、今回ご一緒できなかったかもしれません。SHEも知らず、デザインスキルが欲しいとも思わず、先生や生徒のみなさんと出会えなかったかもしれません。

 

そう思うと胸がいっぱいになりますし、生きてきてよかった、今までの選択は間違っていなかったと自分を肯定できるような気がするのです。

 

SHEのみなさん、恵里さんをはじめ先生方、生徒のみなさん、そしてここまで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

 

 

今日もあなたが、よくねむれますように。

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わたしは毎晩ねむる前、ベッドのなかで「大切なひとたちが今日もよくねむれますように」と祈る。

 

悲しみや辛い出来事がひとを成長させるとしても、ほんとうにほんとうのことを言えば、大切なひとたちにそんな思いをしてほしくない。いつだってしあわせでいてほしい。

 

つらいことは全部わたしが引き受けられたらいいのに、なんて言うと「きれいごとだ」と笑われるかもしれないし、そんなことを考えて泣きながらねむりについていると知ったひとには「自分に酔っている」と思われるだろう。

きっとそうなのだ。きれいごとだし、自分に酔っているだけなのかもしれない。それに、昨日「自分のしあわせは大事なひとのしあわせに繋がる」という話をしたばかりだ。

 

結局、わたしにはなにもできない。大切なひとたちが零すことばを掬い、どんなことばを必要としているか、どんなことばをかけたら少しでも安らかになれるのかを考え、あたたかい飲み物をだして、抱きしめることくらいしかできない。

いつの日かその傷が癒えると信じ、痛みや悲しみを受け止めて彼らはまた歩き出すと信じてもいる。そのために自分ができることならなんだってする。けれど、引き受けたいと願っても、彼らの代わりにはなれない。

 

だからわたしは、毎晩祈る。

 

目を閉じたら、大切なひとたちの顔や声を思いだして、ひとりひとりの名前をよぶ。

 

よくねむれますように。

安らかでありますように。

悲しみに打ちひしがれて今晩どうしてもねむれないとしても、おだやかでやさしい朝がきますように。

朝めざめたら、やわらかな光が部屋のすみずみまで行き渡っていますように。

満員電車ではありませんように。

お昼にたべる日替わりのランチが彼らの大好物でありますように。

帰りに寄ったスーパーで、並ばずに会計ができますように。

レジ袋を持って歩いてパッと顔を上げたとき、キレイな夕暮れが見られますように。

 

そんなふうに祈りながら、わたしは今日もねむる。今日もあなたが、よくねむれますように。