「ちょっと出てこれない?」に憧れている

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「ちょっと出てこれない?」

 

 

特に観ているわけでもないテレビの音をBGMにして、頭のてっぺんで縛ったお団子をふわりふわりと揺らし、彼のTwitterを遡って「あ~~~~会いたいな~~~~」と心の中で叫びながらベッドにダイブした瞬間。

 

右手の中で振動するiPhone、画面に表示される名前。

咄嗟に押してしまったボタン、「もしもーし」と小さく聞こえてくる愛しい声。

 

心臓がドクドクと脈を打つのが分かる。

早くなる呼吸、震える右手。

思わずベッドの上に正座をする。

 

「あ……はい……もしもし」

 

口から出てきた声はわたしのそれとは思えないほど小さく甘くあたりに広がって、それは電話を伝って彼に届き、何かを察したかのようにクスッと笑う。

どうして、こんな時間に。

平日のこの時間はバイトだと、ついこの間言っていたではないか。

 

 

「ねえ、ちょっと出てこれない?」

 

まるで、秘密基地を見つけた時のような声のトーンで彼は囁く。

目の前がチカチカッと光ったような気がして、わたしは返事をする間もなく電話を切り、そのまま部屋を飛び出す。

 

 

10月の秋の夜風を掻き分けて、ぐんぐん進む。

最近はすごく寒くて、肌にあたる空気の厳しさに悲しくなったりもしたのだけれど、今日はちがう。キンモクセイの香りが走る私を包んで、このまま時が止まってほしいと思う。

 

やさしくてあまい香りに包まれて、大好きな人の元へ走るこの瞬間。コンビニで彼が何度も時計を確認するこの瞬間。考えているのはきっとお互いのことだけで、そのあいだに不純物は一切ない。

 

もう12時を回りそうだとか、明日は1限からだとか、わたしの気配を感じ取った愛犬の吠える声で家族が起きるかもしれないとか、そんなことどうだっていい。

この時間になれば車の1つも走らない田舎に住んでいることを誇りにすら思う。だってこんなにも空気が澄んでいて、瞬く星の下でやさしくてあまいキンモクセイの香りをひとりきりで胸いっぱい吸い込めて、少し走れば、大好きな人に会えるのだから。

 

 

べつに都会と比べるわけじゃないけれど、人がいたらわたしのニヤニヤ喜んでいる顔を見られてしまうかもしれないし、ぴかぴか光る電車内でこのうれしい気持ちが何かに吸い取られてしまう気がする。だから、田舎でいいし、田舎がいい。

 

スキップしながらコンビニに向かおうが、息ができないほど走って転びそうになろうが、暗くて人のいない私の地元なら安心だ。

 

わたしの動きに合わせて光る星たちを暗闇から見つめながら、どうせ会うならもう少しおしゃれしてこればよかったと、少しだけ後悔した。

 

 

 

 

 

私は20年、こういったシチュエーションにずっと憧れている。

 

小説でよくある、呼び出されて、家を飛び出して駆け付けるってやつ。それはもちろんコンビニでなくても、いやむしろ、ファミレスとか喫茶店のほうがいいかもしれない。

 

それに、恋人や好きな人でなくてもいい。友人が「失恋したから付き合って」と言ってきたら何時間だって付き合うし、普段は食べない特大パフェだって一緒に食べる。

ステーキでもいい。夜中のステーキなんて、最高でしかないと思う。お腹いっぱい食べたらコンビニでアイスを買って、ふらふらと散歩をして帰る。最高だ。

 

 

でもこういうのって、本当にない。

 

どうしても会いたい、と思った時に限って相手は既に夢の中だし、そもそも何の準備もせず外に飛び出せない。普段朝の準備に2時間かけている私が、呼び出されて1分もせずに走り出せるわけがない。だから、憧れる。

 

 

たとえばそれができたとしよう。今飲み会から帰ってきたばかりで、化粧は落としてないしそれなりに可愛い服も着ているから、飛び出そうと思えば飛び出せる。

ただ、「今から来て」と言われたのち最終電車に乗って好きな人の駅の近くのファミレスに行くなんて、ロマンチックの欠片もないと思う。まず電車に乗らなきゃいけないところがダメ。やっぱり走らなきゃ。走れる距離ではないことの方が多いけどね。

つまり私がこの夢を叶えるためには、化粧を落としてグダグダしていてもそのまま外に出られるほど可愛い女になって、夜空に星が瞬く田舎に住むしかないということだ。そして走る。無理がある。

 

 

ということで、この夢は(都会に住み続ける限り)叶いそうにないが、いつかそうやって呼び出される日を心待ちにして、自分磨きを怠らないようにしようと思う。