やっと好きになれたお風呂と、輪郭の話

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今日は、わたしの最近の楽しみについて書こうと思う。

 

納期が迫る記事を書いていたら文字が解読できなくなってしまったので(ひどく疲れると、文字があることは分かるのに言葉の意味が認識できなくなったり、頭の中で文字がバラバラになって理解できなくなることがある)、息抜きに。

 

 

 

わたしの最近の楽しみは、お風呂だ。

 

恥ずかしながら、わたしはあまりお風呂が好きな子供ではなかった。

もちろん毎日入っていたが、約8年間続けていたダンスの練習後に無理やり湯船に浸からせようとする母を少しだけ恨んでいたし、ここは北極かと思うほど寒い冬の脱衣所は地獄でしかなかった。

青いネコ型ロボットが登場する某有名アニメには、1日に最低3回は入るというお風呂が大好きな小学生の女の子も出てくるが、本当に心の底から理解出来なかった。

「1日の汚れを落とすのは当然だから」お風呂に入るだけであって、そこに「好きだから」という気持ちは微塵もなかったのだ。

 

 

 

そんな思いを数年間抱えていたあの頃のわたし。20歳になったわたしはようやく、お風呂を好きになれました。

と、書いてみて、ふと思う。「好きになれました」。本当は、お風呂を好きになりたかったのだろうか。テレビに映る同じくらいの歳の女の子が好きでお風呂に入っているのに、わたしはどうしてそう思えないのだろうと、劣等感を抱いていたのかもしれない。

 

 

 

仲の良い人は覚えがあると思うが、わたしは興味を持った相手に「お風呂で何をしている時が1番好きか」と必ず聞いている。

今まで何人かに聞いてきたが、なんと全員「シャンプーをしている時」だった。

心理テストではないし、「ああこの人はこういう人間なのね」と勝手に思いを巡らせることもないので安心してほしい。ただ興味があるだけだ。

 

 

お風呂で何をしている時が1番好きか。

 

わたしが1番好きなのは、「クレンジングをしている時」だ。

 

冷たいジェルがスルスルと肌の上を滑って、素肌に戻るあの瞬間。マスカラを塗った少し硬い睫毛が指の腹に触れて、どんどんやわらかくなっていくあの瞬間。温かいお湯と両手が肌に触れて、自分の‘‘輪郭’’が分かるあの瞬間。

下地やファンデーションや口紅が浮き出てきて、息を止めていた肌が深呼吸をする。

お湯で洗い流しているその数十秒の間に、小さい頃「わたしは化粧なんてしない!」と母に宣言したことを毎回思い出す。あれから数年が経ち、しっかりと化粧ができるようになった。そしてできるようになっただけでなく、楽しめるようにもなった。

 

 

 

あとは、「浴室に入ってすぐ、シャワーで身体を流す瞬間」も好きだ。

 

熱いお湯は足からかけましょうと言われたことがあるけれど、そんなことは気にせず、シャワーから勢いよく出るお湯を心臓のあたりに当てる。

湯気と共に、肌に染み付いた微かな香水の匂いも立ち上ってきて、そこでやっと深呼吸ができる。現代の日本人はストレスや緊張状態により、呼吸が浅くなっているそうだ。意識的に呼吸をしないと、そのうち呼吸をすることさえ忘れてしまいそう。

 

いつだったか、こんな言葉を目にしたことがある。「洋服は第2の皮膚だ」。

洋服を脱いだわたしたちは輪郭を失う。足を動かした時に太ももに触れるスカートの裾が太ももの輪郭を教えてくれるし、腕を動かした時に感じるニットとの摩擦によって、腕の存在を確かめる。

わたしたちが普段目にすることのない背中やお尻などは特に、洋服を着て摩擦を感じるからこそ、‘‘ある’’と言えるのではないかと思っている。それを脱いでしまえば、わたしの輪郭がどこにあるのかわからない。

だから、シャワーから流れ出るお湯がわたしの背中に触れた時、ふくらはぎに流れ着いた時、自分には輪郭があるのだ、と確信できる。きちんとここに存在していると安心できる。

もしかしたら、わたしたちが洋服を着たりお風呂に欠かさず入るのは、自分の‘‘輪郭’’を確かめたいからなのかもしれない。

 

 

シャンプーや洗顔をしながら、よくこんなことを考えている。クレンジングをしている最中でも、シャワーで身体を流す瞬間でもなく、本当はこんな風に考えている時間が好きなのかな。

 

皆さんは、お風呂で何をしている時が1番好きですか?