わたしの人生を照らした彼女について

 

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4月から毎週日曜日、SHElovesのクリエイターコースに通っている。

 

2か月でWebデザインからコーディングまで学び、実際に作品を制作するという内容で、ヒーヒー言いながら(そして実際に泣きながら)つい数時間前までコードを打っていた。

 

最近のわたしは真人間に近づいてきている気がする。今まではほとんど宇宙人だった、と、思う。

 

 

生活習慣を見直さなければと思いつつやわらかい毛布に顔を埋めたのは、やはり午前3時を過ぎてからだった。

 

アロマディフューザーに電源を入れ、大好きなラベンダーとカモミールのオイルを垂らす。1ヶ月ほど前に買ったサテン生地のアイマスクをして、さあ寝よう……としても、ねむれない。

 

閉じたまぶたの奥で、さえりさんがこちらを振り返っていた。なにかがあったというわけではないのに、ここ最近、さえりさんが頭のすみに立っている。

 

こういうときは、彼女の本を読むに限る。

 

『今日は、自分を甘やかす』。真っ青な、本だ。

 

青がすきなのだろうか。新作の本を今日やっと買いに行けるのだけれど、そちらもうつくしい色だと聞いた。

 

 

さえりさんに初めてお会いしたのは、『口説き文句は決めている』のトークイベント&サイン会。2017年8月9日。暑い夏の夜だった。

時間が近づくにつれ、心臓はわたしの身から零れ落ちそうになり、慌ててお手洗いに駆け込んだ。そこでばったり出会ってしまうとは。

 

ああ、息をのむという表現は、たぶんこういうシーンで使われるのだろう、なんて冷静に思う自分がいた。彼女の微笑みをこの目でとらえ、鈴のように透き通った声を耳にしたわたしの心臓はあっけなく散り散りとなり、拾い集めるのにはずいぶん苦労したものだ。

 

こういったことばが適切なのかはわからないけれど、「出会うまえには戻れない」と、たしかに感じた。今のところ、これ以上のことばが見つからない。

 

 

そしてわたしは、彼女から見ていちばん左のいちばん前に座り、彼女のうつくしさを目撃した。

 

動くたびに揺れる、少しウェーブがかかったショートヘア。きらきらと音を立てる笑顔。会場に広がる、どこまでも透明な声。なめらかな肌に、意志のある瞳、スッとのびた綺麗な指先。糖分過多なトーク内容。「スカートの色キレイ」という彼女の字。

 

やわらかくてかろやかで湿度の少し高めな彼女が存在していたあの場所は、ひたひたにうるおっていて、肌の外側に薄い水の膜ができるような感じがした。肌にぴたりと張り付く夏の湿度とは、全然ちがう。

 

 

そんなことを思い出しながら目を瞑り、ベッドの上で『今日は、自分を甘やかす』をひらく。ひらいたページが、今わたしに必要なこと。

 

『24 自分がしあわせなら大事なひともしあわせ』。

 

無理に優しくしようとすると「見返り」を求めてしまう。

結局のところ、自分が満たされている状態であることが、周りにいる大事な人を、大事にすることにつながっているのだ、とわたしは思う。 

 

数日前、母と仕事の話をした。母は「あなたがしあわせならお母さんもしあわせなの」と笑い、現在一緒にくらす弟には「姉貴が楽しそうに働いているから、俺も楽しみになってきた。なんでもできる気がする」と言われたばかりだ。

 

今年に入ってから、ひしひしと感じている。

余裕がない状態で無理に優しくしようとすると「見返り」を求めてしまうし、しあわせに生きるというだけで、大事なひとを大事にすることにつながるのだ、ほんとうに。

 

 

冒頭でも書いたが、わたしはやっと(自分の思う)真人間になりつつある。というのは、「自分を大事にする」ことが少しずつできるようになってきているから。

 

小さいことだけれど、アロマディフューザーも、アイマスクもそうだ。心身が疲れきっていて「これ以上やったらやばい」と感じたときには、すぐに人に相談できるようになった。

 

休まれたら迷惑なのは重々承知しているが、無理に無理を重ねて心と身体を一気に壊すと、元の状態に戻るまでには休む何倍、何十倍もの時間がかかる。それを身を以て知っているから、ほんとうにダメになりそうなときには周りに頼る。

そのぶん、周りの人たちの変化にはいち早く気付ける人間でいたいし、ダメになりそうなときには(もちろんダメでなくとも)精一杯ちからになりたい。

 

完璧主義で「人に頼るなんて考えられない!」とすべてを背負い込んでいた昔のわたしが知ったら、驚くだろうな。

 

 

夜中のテンションで一気に書き上げたせいで支離滅裂かもしれないけれど、とにもかくにも、さえりさんに出会えてほんとうによかったと思う。

 

いま書く仕事を続けているのも、書いていきたいと思えているのも、さえりさんがいたからだ。彼女の文章には、彼女の存在にはそういうちからがあって、何度も救われた。

わたしの人生を明るく照らしてくれたのは、他の誰でもなく、さえりさんなのだ。