守れるのは、世界でたったひとり、わたしだけだった。

 

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先日、こんなツイートをした。

 

 

只今、地獄にいる。昨夜から地獄という海をゆらゆらと漂い、絶賛胃痛中。

 

わたしは今まで、割と‘‘締め切りから逆算して記事を書く’’タイプだった。

けれど唐突に「これではだめだ、わたしは宇宙人から真人間にならねばならない」と思い立ち、週初めの月曜に1本納品し終えた。

そして今日(日が変わったので昨日の水曜日)までにもう1本納品するべくちまちまと書いていたわけだけれど、地獄の門が開き、海に落ちてしまったのだ……。

 

今日はもう書けそうにない。胃もキリキリするし。締め切りは日曜だから今日はゆっくり休んで、また明日書くことにしよう。

 

 

とはいっても寝るにはまだ早いので、わたしがこの業界に入るまでの話を書こうと思う。

 

高校を卒業後2016年3月に上京し、服飾の専門学校に入学した。

服のデザインからパターン(平面にした設計図)を引き、縫製をした。そのほかにも、立体裁断(トルソーに布を当てながら立体的に裁断をする方法)、CAD、テキスタイル……。朝から晩まで教室にこもり、矢のような速さで月日は過ぎた。

 

もちろん、たのしかった。

言葉はよくないかもしれないけれど、「服バカ」としか言えないほどほんとうに服が好きな、服作りに狂う仲間たち。5つ6つ年上の人や外国人のことばを通して見る世界は、とても広かった。

 

けれど、ユーモアがたっぷりと添えられた彼らの話を聞くときは、きまっていつも‘‘輪の外側’’にいた気がする。

仲間外れなどではない。彼らの話を聞いている自分を、すこし離れた場所で三角座りをして見つめているような気分、と書いたほうが伝わるだろうか。

 

好きなものに熱狂する彼らを目の前にして、「ああ、こうはなれないなあ」と、ただ思った。そこにはさびしさも嫉妬も、なにひとつなく。

 

 

そう感じるようになり数か月。2016年の秋。

16時の電車に乗ったわたしは、ドアの横の手すりに身体を預け、窓から外を見ていた。

 

こんな時間に帰れるなんて久しぶりだ。

立っている人もいないくらい空いているし、なんて穏やかなんだろう。

窓から電車内に差しこみ床に落ちる、やわらかいひかりを見た瞬間、息をのんだ。

 

‘‘こんなにしあわせな瞬間を、わたしは見逃していたのか’’

 

ということばが、宙から降ってきた。

 

胸が温かいなにかでたぷたぷに満たされ、次にぎゅうぎゅうと締めつけられ、目からは涙がぼろぼろとこぼれた。

 

床に落ちるまろやかなオレンジ色と、夕陽を反射しきらきらひかって窓の外を通り過ぎる屋根の、そのあまりのうつくしさに、ただ涙を流すことしかできなかった。

 

 

毎日6時から20時まで学校にいて、満員電車に乗り、課題に追われ、食事も摂れないほど(正直、死を覚悟するほどの)ストレスがたまる毎日に、疲弊しきっていたのかもしれない。

やわらかいこころが壊れていく音に耳をふさぎ、周りの大人の「3年はやれ」という怒鳴り声に反論する気力さえなかった。

 

 

こんなにうつくしい瞬間を見逃す毎日なんて、要らない。

学歴や服飾の未来を捨てても、あのうつくしくてしあわせな瞬間を、「うつくしい、しあわせだ」と感じた自分のこころを、なにがなんでも守りたかった。

それを守れるのは、この世界でたったひとり、わたしだけだった。

 

だから、学校を辞めた。

 

 

生活のためにと始めたライターのアルバイトが、1年と数か月経った今では仕事となり、あの瞬間を見逃すこともほとんどない。仕事仲間もでき、やりたいことがどんどん増え、毎日わくわくして楽しい。

 

 

Twitterでもつぶやいたとおり、みんながほっとできる場所を作りたい。

記事を書くだけでなくてWebデザインもしたいし、海外にも行きたいし、2拠点居住もしたい。エンターテインメントにも興味がある。

 

選択が正しいのかどうかなんてわからない。

自分の選択を正解に導けるように、これからもわくわくする方向へ、わたしが「しあわせだ!」と感じる方向へ歩いていきたい。