水のような女性になりたい

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こんにちは、めくばせです。

 学生時代、大の古典嫌いだったのですが、今日から中国古典を読み始めました。

 

今日は『上善如水(上善は水の如し)』という老子のことばと、数年前からわたしが公言している「水のような女性になる」とはどういうことなのか考えてみます。

 

 

今必要なのは、自分の‘‘在り方’’を定めること

冒頭でも書いたとおり、学生時代から古典や歴史の授業が嫌いでした。

退屈な日々を遠くから眺めるだけの毎日に、先人の知恵や歴史の知識が必要になる日がくるとは到底思えなかったのです。数学嫌いの学生が「数学って人生に役立つのか?」と疑問に思うのと似ていますね。

 

そんなわたしに、古典を開く日がくるなんて。

 

きっかけは、情報過多・流れの速い現代で必要な情報を正確に受け取るためには、自分の基盤や在り方が定まっていなければならないのでは? と思ったからでした。

現にわたしが「自分を持っている」「軸が定まっている」と感じさせられる人は、たいてい古典を読んでいますし、実生活に役立てています。

 

今の自分に必要なのは、流行りのビジネス本などを読んでこの瞬間の解決策を見出すことよりも、受け継がれている先人の知恵から学び、自分の在り方を定めること。

 

先人のことばからあれこれ考える様子を楽しんでいただけたら嬉しいです。(笑)

 

水のような女性になりたい

毎回つっこまれるのですが、わたしの目標は「水のような女性になる」こと。

 

ゆるやかな曲線を描いてグラスに注がれる水は、次第に波が穏やかになっていき、ただそこに‘‘在る’’状態になります。グラスをゆらすと同時にゆらりとして、どこまでも透き通っている。なめらかで、強くて、まっすぐなんです。

 

そんな女性になりたいけれど、理由としては弱い気がする。まだうまく言語化できておらず、輪郭がふわっとしているような……。

 

そう感じていたわたしは『上善如水(上善は水の如し)』を知りました。なにか参考になるかもしれません。

 

もっとも理想的な生き方は水に学べ

上善如水(上善は水の如し)

 

これは、老子に記されている言葉。

「上善」は「もっとも理想的な生き方」を指し、そういう生き方をしたいのなら水に学べ、という意味です。

 

水に学ぶべき点は3つ。

  1. 柔軟さ
  2. 謙虚さ
  3. 秘めた巨大なエネルギー

これらを身につければ、人間のもっとも理想な生き方に近づけるのだそう。

 

どんな器に入ってもそのままの形に変わり、自分を主張せずに自然に低いほうへ流れる水。「水」を「川」と解した場合、遠くから眺めると静かだけれど、近くで見ると流れが渦巻いています。

 

この3点に水のような女性になりたい理由を振り分けてみると

  1. 柔軟さ→ゆるやかな曲線、グラスを動かすとゆらりとゆれる、なめらか
  2. 謙虚さ→
  3. 秘めた巨大なエネルギー→強い、まっすぐ
  4. その他→ただそこに‘‘在る’’状態、透き通っている

かな……?

 

自分を主張せずに自然に低いほうへ流れる=争うことなく自然の摂理に従う、という意味なのですが、今のわたしには簡単にしか解釈できません。

元から争いは苦手ですし地位も名誉も欲しくないので、これまで通りの運転で生きます。

 

まとめ

古典の授業を真面目に受けた記憶がないので驚きました。難しいイメージがあったのですが、案外‘‘当たり前’’のことばかり。それを実行に移して継続するのがとても難しいんですよね。

 

上述した「ただそこに‘‘在る’’状態」は変わらず目指しながら、表には出さなくとも情熱や思いを絶やさず、他者や物事に対しては水のように柔軟に、争うことなく謙虚に生きていこうと思います。