「恋人が欲しい」がわからない

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「恋愛しないの?」「恋人作らないの?」と聞かれることが最近増えた。正確に言えば、人と会う機会が増えたので、そう聞かれることが増えた。

 

「恋人作らないの?」ということばの響きに心がもやりと動くのはどうしてなのだろう。そういったことを聞かれるのが嫌ではないのだけれど、わたしはそのたびにうーんとか、そうだなあとか、ふわふわしたことばしか返せなくなってしまうのだ。

 

恋人は作るものじゃないとか、恋はするものじゃないって突っ込みたくなるからかもしれない。

そりゃわたしだって、すきな人がいればおいしいごはんを食べに行って、「ごはんを食べながら泣いたことはある?」とか聞いてみたい。そんな中でふたりの関係が‘‘知人’’からゆるやかに変化していく様子をちょっと遠くから眺めてみたい。「僕」と「俺」を使い分けるタイミングを知りたい。

 

前に、こんなツイートをした。

正直手伝ってくれるのなら恋人じゃなくてもいいのだけれど、恋人がいてくれたら…と思う瞬間を挙げるとすればこのくらいしかないっぽい。(このツイートをしたときに自覚した)

 

やっぱり、恋人が欲しいという感覚はわからないし、恋人を作りたいとも思わない。

これ、もしかして表現の問題なのかな。わたしはそのことば自体に「なんか違う」と感じているだけなのかもしれない。

「恋人が欲しいじゃなくて、あの人が欲しい・人肌恋しい・同じ釜のごはんを食べる人が欲しい、のどれかじゃないのか?」と思うのだけれど、そういった意味ではないのだろうか。

 

 

「恋人が欲しい」と口にする人がどう考えているのか純粋にすごく興味があるので、今度いろんな人に聞いてみよう。